2010年1月19日火曜日

ロンドン・イーストエンドのうなぎ料理




 先日、久しぶりに鰻の蒲焼きを食べた。ご飯にたっぷりと醤油たれがかかって、その上に、鷹揚に寝そべっておられる鰻の蒲焼き様を一礼遙拝をして摂取申し上げました。美味しかった。
 やはり、鰻は、かくあるべしという味だった。でも、それは私が日本人だということに過ぎないのかも知れない。というのも、昨年の秋、ロンドンのイーストエンドで食べた鰻料理のことを思い出したからだ。
 テムズ川べりに栄えた労働者街であるイーストエンドに、ロンドンっ子が好んで通う伝統のうなぎ料理を食べさせる店があると聞いて、ロンドン大学院 生のN君に探してもらった。首尾良くみつかったとメールが入り、滞在中、時間を作って行ってみた。期待に胸が膨らまなかったといえばウソになる。
 地下鉄を乗り継いで、そのお目当ての店に出かけていった。グリーンの日よけのある古い食堂然とした料理屋だった。「パイ・アンド・マッシュ」と その日よけの幌には書いてあった。店内には、伝統の鰻料理をお目当てにやってきた人びとが、短い行列を作って注文の順番を待っていた。わたしも、その行列 の最後に並び、品書きをながめて、料理の品定めをした。
 かつて、イーストエンドの鰻料理は、テムズ川で揚がった鰻をパイにして食べたそうだ。もちろん、浜松のうなぎパイとは違って、ミートパイの中身が鰻になっているというようなタイプの鰻パイである。
 しかし、今日、汚染の進んだテムズ川には、もはや鰻は住まない。だから、鰻パイはなく、パイは牛のミートパイだそうだ。そのパイに、ジャガイモの マッシュポテトがどっぷりと添えられていた。鰻料理とは何かといえば、鰻の煮物と鰻のゼリー寄せの2品であった。また、ここで出す鰻はすべてオランダから の輸入だそうである。
 すでに席について食べ始めている連中の様子をみると、鰻の煮物に、とろみを付けた小麦粉に刻みパセリを混ぜ合わせたリカーと呼ばれるたれを掛けて、食べていた。私たちは、かれらの注文を参考にして、ミートパイと鰻の煮物と鰻のゼリー寄せを1品ずつ注文した。
 注文の品は、すぐボウルにもられて、若い男性の店員によって素っ気なく私たちに突き出された。それを持って、テーブルにつき、さっそく食べ始めた。
 まずかった。鰻はまったくさばいていなかった。ただのぶつ切りであった。口に入れると、骨が舌に引っかかった。それに加えて、塩味も、スパイスも なく、まったく味というものが付いていなかった。見渡すと、テーブルに塩と胡椒が置いてあった。お客たちは、それを適当に料理に振りかけて食しているよう だった。
 まずかった。ゼリー寄せは、ただただ生臭かった。口の中に押し込んではみたものの、喉が通らない。口の中で、唾液と混ざり合って、さらに生臭くなっていった。
それらを最後の決意を固めて、嚥下した。そうしなければ、この店を退去することはできない。そう思い詰めた挙げ句の行動だった。
 一方、N君は「こんなのなんてことはありません。呑み込めばいいんです」といって、平然と摂取したのであった。さすが人類学を専攻しただけのことはあるなあと感心した。
 店を出た後、思い返してみた。ドーバー海峡を渡っただけで、こんなに違う。味覚文化というのは、本当に多様で、不可思議なものだなあと。イーストエンドの鰻がそれをあらためて教えてくれたのだった。

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